◆カリキュラム◆
(2009年6月20日)入門編:ゼロポイントのABC
【数字によるアプローチ】
ゼロとは「なにもない」という意味ではなく、プラスとマイナスが完全に調和した状態であり、つまりゼロとは、
すべての数を内包した最もパワフルな数です。
数字からのメッセージを読み解いてゆきましょう。
【図形によるアプローチ】
ゼロを図形で表現してみると、どのような形になるでしょうか?
図形からのメッセージを読み解いてゆきましょう。
【3D的なアプローチ】
平面に描かれた図形を3Dにすることによって見えてくるものとは?
二極性を超えて、360度の球体の視点を体験してみましょう。
(2009年6月21日)上級編:ゼロポイントのXYZ
【軸 ≒ 時空?】
なぜ、今、ゼロポイントが必要なのでしょうか?
ゼロポイントでは何が起きるのでしょうか?
X軸、Y軸、Z軸を知って、自分の中心軸を確立してみましょう。
【ゼロポイントにチューニングしてみよう】
心をゼロにするには、心をからっぽにするというよりは、相反する正負のバランスを完全なる一点に束ねることです。プラスもマイナスも、すべてを内包した不動の領域こそが、なにものにも影響されることのない永遠の場所といえるでしょう。ゼロポイントとは、過去でも未来でもなく「今」という瞬間に存在しているのです。
【夏至とハイパーゼロポイント】
なぜ、夏至の日に四葉のクローバーを摘むのでしょうか?
四葉のクローバーに秘められた図形的な意味を通し、夏至の日とハイパーゼロポイントについて解説します。
夏至の日にはゼロポイントを使って、自分の中心軸と地球の中心軸を意識してみましょう。
*より理解を深めて頂くためのお願い
入手可能な方は、「22を超えてゆけ」(もしくは「Go Beyond 22」)を読んできてください。
--------------------------------------------------------------------------------------------------
以下、『スターピープル9号』(2003年)掲載記事より一部引用
ゼロとはなにか?
ゼロとは「なにもない」という意味ではなく、プラスとマイナスが完全に調和した状態であり、つまりゼロとはすべての数を内包する、もっともパワフルな数といえよう。ゼロにどんな数字を掛けてもゼロであり、どんな数字で割ってもその答えはゼロのままである。なにものにも影響されることのない「ゼロポイント」は、東洋哲学でいう「空」(くう)の思想にも似ている。それは、ネガティブとポジティブ、善と悪、光と闇というような二元論を超越したところに隠され、われわれが容易に認識することのできない領域に、ゼロは存在しているのではないだろうか。
アカシックレコードから見た、ゼロポイントについて
アカシックレコードと呼ばれている情報にアクセスするには、心をゼロポイントに保たなければならない。プラス思考でもマイナス思考でもなく、心をゼロにしなければ正確な情報をリーディングできないのだ。また、それ以上に問題なのは、アカシックレコードには読み手の感情まで刻印されてしまうということだろう。一方的に読むだけではなく、自らが書き手でもあるアカシックレコードが、しばしば鏡にたとえられるわけは、鏡に映った自分の姿……見る側と見られる側の統合……という意味も含まれている。
心をゼロポイントに保つことができれば、アカシックレコードという膨大な資料を誰でも簡単に読むことができる。それは誰か特別な人がリーディングするものではなく、本来はわれわれが自由に閲覧できる情報なのだ。
ゼロポイントで何が起きるのか?
ゼロポイントに到達すると、意識を保ったまま夢を見ているときのように、思い描いたことが瞬時に実現するのだ。想念が現実を創るということは、ある人にとっては天国であり、またある人にとっては悪夢のような世界となりうる。極端に走ればバランスを失い、それだけ不調和のエネルギーに翻弄されてしまうだろう。嵐のまっただなかにあっても、正気のまま踏みとどまるためには、いかにして自分の「中心」を意識できるかにかかっている。
そして、人間の意識と宇宙とのあいだには密接な関係があり、人間の私利私欲や恐怖心というものが地球の磁場に少なからず影響を与え、磁界がゼロに近づくことを加速させていることを考えれば、心をゼロに保つことがわれわれの急務であろう。心をゼロポイントにするには、心をカラッポにするというよりは、相反する正負のバランスを完全なる一点に束ねることである。プラスもマイナスも、すべてを内包した不動の領域こそが、なにものにも影響されることのない永遠の場所といえよう。
ゼロポイントに生きる
アカシックレコードを継続的に観察していると、そこに書かれた内容は現時点での可能性にすぎず、未来とは自らの意志によって変更可能であることに気づく。また、自分の過去世を知れば知るほど、ろくでもない過去ですら、いとおしく感じてくるものだ。たとえどんな過去であっても、カルマなどといって切り捨てる気には到底なれず、できることなら過去に遡り、出来の悪い自分も一緒に連れていってあげたいとさえ思う。プラスもマイナスもすべて含めたものが今の自分であり、その現実を直視することが、過去も未来もすべてを束ね、ゼロポイントに生きることにつながるのではないだろうか。
二元論的な発想や分離を超え、すべてを包み込むようなワンネスの世界には、多様性に満ちた一体感というものが広がっている。かつては一握りの聖者にしかたどり着けなかった領域へと、われわれはいま地球ごと向かっているのだ。
|